八神はやて 誕生日SS
誕生日に迎えた春は

「う〜〜…」
時空管理局内にある八神はやての執務室。そこではやてはとても年頃の女性が出していいとは思えない呻き声を出していた。
頬とデスクを密着させることで金属特有のひんやりとした冷却感が全身を駆け巡る。部屋の暑さも相まってなんとも言えない心地よさを演出していた。
その姿はメーターが余裕で振り切れる程に堕落しきっていた。とてもではないが、つい先日まで一つの部隊を率いていた者の姿とは思えなかった。

「は〜きもちええわ〜」
はやてがここまでだらけているのはただ休憩時間だからというのもあるがそれだけではない。
もうすぐ、具体的には一週間後の6月4日にはやては誕生日を迎える。例年であればささやかではあるが家族や友人達と祝うのが恒例だった。
しかし今年は守護騎士やなのは、フェイト達が揃って任務で出払ってしまい、内輪での誕生会を開けなくなったのだ。
皆が忙しくなり始めた辺りから各行事に欠席者が出ることが多くなったためそれ自体はそこまでショックではなかった。

寧ろそれにより気づかされた一つの事実にはやては打ちひしがれていたのである。
自分には家族や友人達以外に誕生日を祝ってくれる相手、つまり恋人がいないという事に…

なのははヴィヴィオの一件以来再び交流が盛んになったユーノとお付き合いを始め、フェイトはシグナムとライバル感情が転じていい仲になっていた。
ザフィーラとアルフは半同棲のような状態、ヴィータは以前知り合ったヴィヴィオの同級生に(同年代と間違われ)好意を寄せられているが満更ではないようだ。
他にも旧六課の最年少ちびっ子コンビにヘリパイとその後輩と、ざっと周囲を見渡すだけでも枚挙に暇が無く、独り身でいるのは、はやて一人であった。
このまま自分は恋人の一人もいない灰色の青春を過ごし、オールドミスと成り果てるのか…そんな考えに至り絶賛現実逃避中。
それが今のはやての状態である。

「ええもん、ええもん…私はこのまま独身を貫いて生きていくんや…」
半分泣きながらイジケていると来客を告げるベルが室内に響いた。
「はーい、入っていいですよ」
その瞬間にイジケモードから仕事モードへ即切り替える辺りは流石と言ったところか。

「失礼します」
恭しく頭を下げて入ってきたのはグリフィス・ロウラン。
管理局の重鎮、レティ・ロウランを母に持つ内勤組のエリートで六課時代にははやての副官として活躍し、
現在は本 局次元航行部隊で事務官を務めている。それと同時にはやてに恋心を抱いている。

身体を真っ直ぐに伸ばし、足を閉じて両手も後ろに回して直立不動でいる。その一挙一動に彼の実直さが現れていた。
「グリフィス君、どないしたん?何か仕事でも押し付けられてきたんか?」
はやてが笑いながら冗談交じりに疑問をぶつける。六課時代こそ上司と部下の関係だったが、今では所属も仕事も異なるため、
誰かに頼まれでもされない限りここに用事はないからだ。
グリフィスの顔が若干強張った。恐怖や叱責に対するものではなく、緊張からくる変化であり、心なしか後ろ手に組んでいた両手に力が込められた。

それを見てはやての眉根がピクリと動いた。一年間部隊の長を務めたのは伊達や酔狂ではない。それくらいの機微を見逃すはやてではなかった。
「グリフィス君が私相手に緊張なんて珍しいなあ〜。もっと気楽にしてええよ、今更気を使う間柄でもないんやし」

そんなグリフィスを見かねてかはやては緊張を解くように仰ぐ。はやて自身も堅苦しいことはあまり好きではないため周囲の目がない限りラフにしている。
「えっと…あのですね…」
緊張して言葉が出ないのか、グリフィスは喉の引っ掛かりを搾り出すように言葉を紡ぐ。「八神部隊長、よかったら今度僕と食事に行きませんか?知人に招待券を貰ったんですけど彼は生憎都合が合わなくて…」
そういってグリフィスは後ろ手で握っていたチケットをはやてに差し出す。グリフィスの顔は先ほどとは比べ物にならないくらい緊張していた。
はやてが差し出されたチケットに目をやる。それは頻繁に雑誌やテレビで紹介されるクラナガンの高級レストランのペア招待券であった。
しかもよく見れば日付は6月4日、はやての誕生日当日であった。

「このチケットどないしたんや、グリフィス君?」
はやては驚きを隠せなかった。グリフィスがそのチケットを持っていることもそうだが、それで自分を誘うこともだ。
「ここのレストランはうちの部隊でよく利用するのでうまい具合に譲って貰えたんです」
自身がキャリア組であることや母であるレティが管理局の提督という立場からその店に出入りしているのは本当だが、
招待券は彼の恋心とはやての誕生日や事情を把握していたシャーリーが気を回してくれたものだ。
正に彼女の人脈と行動力の賜物である。しかしシャーリーの名前はぼかして説明する。
この場で他の女性の名を出すのはマナー違反だと判断したからだ。

「う〜ん…」
はやては顎を手に置き逡巡する。異性を誕生日に食事に誘うという行為は多分に特別な意味を含むものだ。はやてにとっても千載一遇のチャンスであった。
はやてもグリフィスに対して悪い感情は持っていないし、彼の人となりは六課の業務やレティを通して充分すぎるくらい知っている。
寧ろ身近な男性の中ではかなり好印象を抱いている。
しかし問題はグリフィス自身の感情だ。グリフィスがこの日を自分の誕生日と認識していればともかく、そうでなければかつての上司を慰労しに来たに過ぎない。
舞い上がっても恥をかくだけだ。グリフィスの感情を知らぬはやてはカマをかけることにした。

「私はええねんけど、この日私の誕生日なんよ」
さりげなくその日が特別であることを告げるとグリフィスは泡を食ったように同様した。
「す、す、す、すみません八神部隊長。でしたら後日改めて…」
グリフィスは両手を掲げながら延期を提案する。
(くっそーシャーリーの奴、よりによってそんな日に設定するなんて)
グリフィスは内心で幼馴染に毒づきながら己の軽薄さを呪った。

「ぷっ」
その慌てぶりにはやては思わず噴出してしまう。
「だから、私は大丈夫やって言うてるやん。それともあれか?グリフィス君の方が勝手が悪いんか?」
はやては分かっているのに意地悪な物言いでグリフィスをからかっていた。

「それじゃあ…大丈夫ってことですか?」
グリフィスが恐る恐る確認するとはやてはいつものニコニコ顔を浮かべていた。
「OKやでグリフィス君、当日楽しみにしとるからね」

「よかった〜」
長い長い一山を終えてグリフィスは緊張の糸を断ち切った。そして退室しようとするグリフィスをはやてが呼び止めた。
「グリフィス君、楽しみにしとるからね」
はやては柔和な笑顔を向けてグリフィスを見送った。


そしてはやての誕生日当日、二人はいつもより早めに仕事を切り上げてクラナガンの中央公園で待ち合わせをしていた。
「グリフィス君、ちょっと待った?」
はやてが雑踏の中でグリフィスの存在を認めると手を振りながら近づく。
「いいえ、僕も今来たところですよ、八神部隊長」
このやり取りに何処となくデートのような感慨を覚えるグリフィスであった。

いざ目的地に行こうとしたらはやてがグリフィスを呼び止めた。
「ちょい待ち、グリフィス君」
「なんですか、八神部隊長?」
自分が何かうっかりミスでもしたのかと怪訝に思いながら立ち止まると、はやては悪戯心と乙女心をごちゃまぜにしたような顔でこう言った。
「この間から気になっとったんやけど、私らもう上司と部下やないやん?だからその『八神部隊長』っていうのはなしな。これからは、はやてさんと呼ぶこと」
ビシッと人差し指を向けて言い放つはやてとポカンとするグリフィス。グリフィスとしてはかつての上司を現時点で名前で呼ぶことに抵抗はあったが、
ここで問答をしても仕方ないのでグリフィスは従うことにした。

「分かりました。では行きましょうか…はやて、さん…」
羞恥を堪えるグリフィスと満足気なはやて。対照的な二人が並んでレストランへ向っていった。

「はあ…ほんまに素敵な所やねえ〜」
レストランに入ったはやての第一声はたまげた様な感嘆だった。
ミッドの中心街に位置するビルの上階にあり、そこから見える光景は夜の光と海の闇が混ざり合う神秘的なものだった。
そこの窓際にある一際景色が良く見える場所。二人が通されたのはそんな特等席だった。

「それではかんぱ〜い」
「乾杯」
はやては緩く、グリフィスは生真面目に乾杯をして互いのグラスを傾ける。チンというガラスの交わる音がして中の食前酒が波を打った。
「そういえばグリフィス君、最近どうや?」
はやてが前菜のサラダを口に運びながら聞く。グリフィスは思案顔を作ってから答える。
「そうですね、所属は変わりましたが事務職なので何とかやっていけてますね…」
仕事の近況を報告するが、はやてはブーと唇を尖らせて不満を隠そうともしなかった。
その年齢不相応で普段の立場からは考えられない所作にグリフィスは心臓が加速するのを感じていた。

「こういう時にどうって聞かれたらこれやろ〜」
はやてはニヤニヤと笑いながら小指を立てていた。だが残念ながらグリフィスは文化を異にするため、はやてのジェスチャーが意味する所は分からなかった。
「つまりや、お付き合いしてる女性はおるんかと聞いてるんや」
「ゴフっ!!」
これっぽっちもオブラートに包もうとしないはやての発言にグリフィスは思わず噴出しそうになる。
「そんなの全然ですよ。今だってスキルを身につけるのでそれ所ではないですし…」
グリフィスが答えながら正面を見据えると、はやての顔に僅かながら朱が走っていた。

酔っているのだろうかとグリフィスは酒豪の母を思い出しながらもきちんと相手をする。

「ほほー私はてっきりシャーリーかルキノと付き合ってるものかと思っとったんやけどなあ」
「な、な、な…何を言い出すんですかはやてさん!」
ある意味予想外の変化球にグリフィスは場所を弁えながらも多少声を荒げる。
「いやあ…シャーリーは小さい頃からの幼馴染で今も局勤めやし、ルキノはルキノで初めての配属で一緒になって今も同じ配属やろ?どっちもフラグ立てはバッチリやん!」
「フラグ…?」
グリフィスは聞きなれない単語に困惑しながら酔ってもないのにはやて以上に顔を赤くした。グリフィスとて身近にいる二人を異性として見なかったわけではない。
しかしグリフィスの意中の人物は別にいるのだ。

「もしかして私、なんてことはあらへんよな〜」
その一言でグリフィスは観念し、自身の心情をぶちまけた。
「た、確かにあの二人を異性として見なかったわけじゃないですよ。でも僕が六課時代に一番近くに居て好きだったのは…はやてさんなんです…」
言い終わるとグリフィスの顔は真っ赤に染まり、今までの最高記録を更新した。

「ぷっあははは」
攻守交替とばかりに今度ははやてが笑い出した。
「あの、はやてさん?」
はやての奇行にグリフィスは疑問を投げかけた。するとはやては笑いすぎて零れた涙を指で掬いながら喋りだした。
「いやな、グリフィス君の気持ちは最初から分かっとったんよ」
「は…?」
はやての発言に豆のマシンガンで打ち抜かれた鳩のようになるグリフィス。
「最初からゆうか先週誘われた時やな。普通女の子を誕生日に食事に誘って何でもないわけないからなあ」
そういうはやての表情は悪戯が成功した子どものような改心の笑みであった。

「つまりはやてさんは分かっててあんなことを言ったんですか?」
グリフィスは先ほどの色恋事の質問を思い出し逆に質問をする。
「そうやよ」
事も無げに白状するはやて。その表情は言外にグリフィスの反応を楽しんでいたと語っている。
つまりグリフィスは最初からはやての掌で踊らされていたわけだ。

「それじゃあもう一度言います。はやてさん、好きです、付き合ってください」
グリフィスは自分の感情を隠そうともせずにド直球に伝える。これには流石のはやても少しうろたえた。
(うう…こんな真っ直ぐな気持ちを伝えられたんは初めてや。けど、せやさかい私も真っ直ぐに答えなフェアやない…)
はやても覚悟を決め、内心の覚悟とは対照的な柔らかい表情を浮かべて口を開いた。

「駄目なら今この場にいてへんよ」
そう言ってグリフィスの手を取った。
「これからは恋人同士としてよろしくお願いします」
はやては芝居がかった口調と動きでグリフィスの告白を受け入れた。


レストランを後にしてクラナガンの街中を並んで歩く二人。どちらが言うまでもなくその手は固く握られていた。
「今日はありがとうなグリフィス君、最高の誕生日になったわ。まさか二回も誕生日に素敵な出会いがあるとは思わへんかったわ」
「二回…」
はやての独り言にグリフィスはオウム返しをした。
「何でもあらへんよ」

一度目は大切な家族である守護騎士と、二度目は恋人と。自分がこの世に生を受けたこの日と神に恵まれたとしか思えない奇跡に感謝するはやてであった。

あとがき

Yagamix!2009 参加作品

はやてって何故かカップリングものが少ないよな〜とか考えてたら浮かんだネタ。はやてにだってこういう幸せがあったっていいじゃない。
でも話を書き進めていくうちにはやてなのかSSかグリフィスSSなのか分からなくなってしまいました。
でもきっと大丈夫だよね(何が?

なにはともあれ、ハッピーバースデーはやて!!

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