CLANNAD SS そんなある日の岡崎家

「それじゃあ行ってきますね、朋也くん」
「お土産期待しててね、パパ!」
アパートの玄関先で我が愛妻と愛娘が並んで俺に挨拶をする。今日は渚と汐、母娘二人でショッピングに出かけるらしい。
行き先は隣町に新しく出来たショッピングモールだ。もうそろそろ夏物が出始めるので汐の服を買いに行くと言っていた。
中学生にもなるとそういったことにも興味が出てくるようで最近は汐が家の中でファッション雑誌をチェックする光景もよく見られる。

いつもなら休日は渚の実家である古河家へ行くのが慣例なのだがこういうのも悪くない。ちなみに俺は留守番だ。

「でも本当にいいんですか?朋也君だけお留守番なんて」
俺に気を遣ってか渚が遠慮がちに聞いてくる。渚のこういうとこは相変わらずだ。
「いいっていいって。こういうのは女同士のが楽しめるだろうしな。たまには二人でゆっくりしてこいや」
微妙に親父くさいことを言いながら俺は破顔して渚の頭を優しく撫でる。

「ありがとうございます、朋也君」
それに対して渚が頬を赤らめて頷いた。その辺も含めて10年経った今でも渚は変わらずにあの時のままでいてくれる。
「あ〜ママばっかりずるい!!」
汐が抗議の声を上げ、暗に自分にもしろと催促してくる。父親としては娘とスキンシップがはかれるのは嬉しいが年頃の女の子としてはどうなんだ、娘よ?
「じゃあ汐も気をつけて楽しんでこいよ」
俺は気遣いの言葉とともに汐の頭に手を乗せる。電気工の仕事でゴツゴツになった手で汐の髪を撫で回す。
「えへへ〜」
それが気持ちいいのか汐は渚譲りのしまりの無い顔を見せる。

「今度こそ行ってきます、朋也君」
「寂しいからって泣いちゃだめだからねえ」
今度こそ二人は出発した。
「楽しんでこいよ〜」
俺は二人を見送るとそのままアパートに戻っていった。

「……暇だ」
家に戻ったいいがすることが特にすることもなく有限な時間を無駄遣いしていた。
よく考えたら俺は余暇を過ごすための趣味とか全くないんだよな。高校時代から自堕落に生きてきたし、渚と暮らし始めてからはそれどころではなかった。
社会人として、渚の夫として、そしてなにより汐が生まれてからは親として生きることで一杯一杯だった。
俺って一人になるとこんな寂しい人間だったのか…
そんなセンチメンタルなことを哲学しつつテレビをつける。モニターの向こうではサングラスをかけたお昼の顔が再放送で映されている。
流行の芸能人が自分が出る映画の宣伝をし、お友達紹介などと見え透いた嘘で次の宣伝役に橋渡しをする。
その淀みない流れに流石は役者だ等としょうもないことを考えてテレビの電源を切る。

そして俺はゴロゴロと部屋の床を転がってみる。ごろごろ〜ごろごろ〜。意外と面白い、こいつは癖になりそうだ。
「ごろごろ〜ごろごろ〜」
俺は次第にこの単純動作の虜になり、気づいたら口にまで出していた。

バサッ…その時、アパートの玄関から何かが落ちる音が聞こえた。
「えっ?」
俺が振り返るとそこには出来うる限りの哀れみを浮かべたおっさんとスーパーの袋を落として今にも泣きそうな顔をした早苗さんがいた。
「小僧、お前何やってんだ?」
「朋也さん、辛いことがあったら私達に相談してくださいね。力になりますよ」
可哀想な子だと思われていた!!

「いやーはっはっ、そういうことか俺はてっきり遂に小僧がおかしくなったのかと思ったぜ」
豪快に笑いながら俺の肩を叩くオッサンこと古河秋生。20代と言っても通じる容姿からは想像出来ないが渚の父で汐の祖父だ。
後者の方を言うと割と必死で否定する、見苦しいぞオッサン。
「そうですよ、秋生さん。朋也さんだってあんなことをしたい気分になる時だってありますよ」
「そりゃあ大の大人があんな奇行に走ってれば心配の一つもしますけどね」

麦茶を飲みながらフォローを入れる早苗さんに俺が相槌を打つ。でもね早苗さん、あなたのリアクションが一番ショックでしたよ?
そして早苗さんも同じく容姿からは想像出来ないが渚の母で汐の祖母だ。もっともこちらは後者を口にすると本気で命に関わるので俺と汐は早苗さんと呼んでいる。

「でもなんでわざわざ二人で家に来たんですか?今日は渚も汐もいませんよ?」
疑問を投げかける俺にオッサンは待ってましたとばかりにふんぞり返る。
「そりゃあ、こないだ汐からメールで『今日渚と出かける』って言われたからな。一人で寂しくしてるであろう小僧を慰めに…もとい嘲りに来たんだ」
孫とメールしていることと俺をからかえることで二重に楽しいのだろう。オッサンは非常にイイ顔をしていた。

「本音と建前が逆になってるぞ、オッサン」
俺が呆れ気味にため息をつくと再び早苗さんのフォローが入った。
「でも朋也サン、あんなこと言ってますけど秋生さんも本当は朋也さんと一緒に居られて楽しいんですよ」
「そうだぞ小僧、てなわけでこれに付き合え!!」

どこから取り出したのか、オッサンが酒瓶をちゃぶ台に置く。勢いが良すぎたせいかドン!と部屋が揺れた。
「おい気をつけてくれよオッサン、ここそんなに壁厚くないんだからな」
「そうですよ秋夫さん、ご近所の方に迷惑をかけてはいけませんよ」
俺と早苗さんに注意されておっさんがおとなしくなる。
「そいつは悪かったな、つい家にいる時の癖でな。…で、こいつは呑むんだろ?」
オッサンが悪戯っ子のような顔を浮かべて指差した瓶はどう見ても二人で消化するには多い量で満たされていた。
「いいけど昼間っから酒ってのもなあ…」
俺が迷っているとオッサンはそれを無視するようにコップに酒を注いでいた。
「っておい!!何勝手に人のコップに酒入れてんだよ!!」
俺が春原ばりの突っ込みを展開するもおっさんは全く気にせず自分のコップにも並々と酒を注いでいた。
どちらのグラスも表面張力ギリギリを保っており、今にも零れそうだった。
「細けえこたいいんだよ!小僧、今日くらい昼間から呑んだってバチあたらねえだろ」
そう言ってオッサンは高々とグラスを持ち上げる。
「はいはい、しゃーねえなあ…」
俺もそれに倣い、酒を零さないよう慎重にグラスを持ち上げる。
「それじゃあ乾杯だ!!」
「おう!!」
「乾杯です」

三者三様、乾杯の音頭を取ってグラスを重ね合う。ちなみに早苗さんはお茶を飲んで一人だけアルコールではない。
「ぷは〜、昼間から呑む酒は最高だな!!」
オッサンが人生の落伍者のようなことをのたまいながらグラスを空にする。俺もそれに続いて酒を飲み干すとすぐにオッサンが俺のグラスを継ぎ足した。
「良い呑みっぷりじゃねえか小僧、よしもっと呑め!!」
「オッサンこそ、まだまだいけるだろ」
俺も酒瓶を奪い負けじとオッサンに返杯する。またグラスを空にする、また返杯する…そんなことをしている内に一時間もしないで酒瓶は空っぽになった。

……そして,二人の酔っ払いが出来上がった。
「おい、小僧…一発殴らせろ」
オッサンがいきなり俺の目の前に顔を寄せたかと思えばいきなり支離滅裂なことを言い出した。
「急にどうしたんだよオッサン」
それを俺は呆れながら受け流す。オッサンの言動に一々付き合っていたら身が持たんからな。
「お前みたいなやつに渚を取られたのかと思ったらムカついてきてな…」
本当にいきなりだった!!
これが父親の感情というものなのだろう。俺もいつか汐が連れてくる男に対して同じことを思うのだろう。だがそれとこれとは話が別だ。
俺は対オッサン用決戦兵器を持ち出す。
「そりゃどうも…すみませんねえ、お義父さん」
「うおおおおおおおお!!」

俺の口からその単語が発せられた瞬間オッサンは殺虫剤をかけられた虫のようにのた打ち回る。今も昔もオッサンはこの言<葉に免疫がないのだ。
しばらくするとオッサンは復活し、肩で息をしながら立ち上がった。
「はあはあ…今のはかなり応えたぜ、息子よ!!」
「うおおおおおおおおおお!!」
今度は俺がのた打ち回る番だった。少々のタイムラグを置いて俺も立ち上がる。そして俺とオッサンが同時に口を開く。

「お義父さん」
「息子よ」
「「うおおおおおおおおお!!」」
同時に転げまわる駄目な大人が二人。傍から見たら変人以外の何者でもないだろうな。
「秋夫も朋也さんもご近所に迷惑ですから程々にしてくださいね〜」
そして早苗さんは何事もないかのように何杯目かのお茶を飲みながら俺たちを傍観している。本当に計り知れない人だ…

プルルルルルル…!!
俺たちが馬鹿をやっている脇で居間の電話が鳴り響く。
家主の俺が取るのが自然なのだろうが、生憎オッサンとの酒が回っている上にオッサンとの死闘でそんな気力はなかった。
しかし電話はそんなことおかまいなしに人を呼び続ける。

「はい、岡崎です」
すると早苗さんが電話を取り応対に当たった。その様子はまるで早苗さんが最初から岡崎家の人間であるかのような自然な振る舞いだった。
「はい、はい、そうですか。それは困りましたねえ」
電話口の相手と話しながら弱った表情を浮かべる早苗さん。俺に取り次がない所を見るとおそらく相手は渚か汐だろう。
そして俺の予想は的中した。早苗さんが電話を抑えながら俺に向き直る。
「朋也さん、渚が今駅にいるそうなんですが雨に降られて立ち往生してるそうなんです。傘を持って行ってくれませんか?」
そうしたいのは山々だが、俺とオッサンは共に畳の上に臥せっていた。とてもではないがそんな気力は沸いてこない。
その様子を見て早苗さんは申し訳なさそうに通話を再開した。
「すみません、渚。朋也さんは今ちょっと動けない状態なんで…そんなことないですよただ呑みすぎただけですよ」
おそらく俺が動けないと聞いてまた渚が心配したのだろう。早苗さんがフォローを入れる。俺は本当にこの人には頭が上がらないなあ…
「ええ、そうですか。気をつけて帰ってきてくださいね」
そういって早苗さんが電話を置いた。
「渚と汐は雨脚が弱くなるのを待ってからゆっくり帰ってくるそうです」
早苗さんは台所でコップに水を汲みながら俺にそう伝えてくれた。

「秋夫さんも朋也さんもいい加減に酔いを覚まさないと二人が帰ってきたとき大変ですよ」
早苗さんは小さい子供に諭すように言い、コップを持たせてくれた。
「何から何まですみません。つうか手馴れてますね、早苗さん」
俺は賞賛と申し訳なさが入り混じった顔をしながら頭を下げる。
「いいえ、秋夫さんで慣れてますから」
早苗さんがこともなげに言い放つとオッサンは子供のようにむくれていた。

「どうせ俺は手のかかる餓鬼だようだ!!」
本当に子供のようだった!!ってか自覚あったのか、オッサン…
「つうか小僧、渚と汐を向かえに行かなくていいのかよ。お前が行かないなら俺が二人を貰っちまうぞ」
オッサンが半眼で睨みながらとんでもないことを言う。でもこのオッサンの場合本当にやってしまいそうだから洒落にならん。
「ふざけんな、渚も汐も俺のもんだ!!」
俺は誰にともなく宣言するとそれまでの泥酔が嘘のように抜けてすっくと立ち上がった。そして傘を引っつかむと外に向かって駆け出して行った。
「渚ー!!汐ー!!今迎えに行くぞー」
俺の足音と叫び声が初夏の空に吸い込まれていった。
「けっ…恥ずかしい小僧だぜ」
秋夫はタバコを燻らせながら微妙なな顔をする。
「私も愛してますよ、秋夫さん」

俺がアパートを飛び出し、外を走っているうちに雨はすっかり小雨になっていった。傘が必要かどうかは微妙なラインだ。
これなら二人とも歩いて来てるかもしれない。そうなれば何処かで落ち合うだろう。
ここまで走ってかいた汗を夕風で冷ましながらそんなことを考える。 すると進行方向から二つのシルエットが向かって来た。
片手でデパートの紙袋を持ち、もう片方の手で互いの手を繋いでいぎ、そして一緒になってダンゴ大家族を口ずさんでいる。
間違えようもなく渚と汐の姿だった。

「あっ、パパ!!」
あちらも俺の姿に気付いたのか、汐が驚いたように声を上げる。
「どうしたんですか、朋也くん?」
渚も同様に驚きの色を見せる。そりゃそうだろう。早苗さんがオブラートに包んだとは言え、俺が使い物にならないなことは電話口から伝わったはずだ。
「あたし、てっきりパパはまたアッキーと馬鹿なことやってると思ったんだけど…」
現に汐はそれを見抜いていたのか疑惑の目をこちらに向けてくる。その考えは間違いではないぞ娘よ。

「いや、荷物持ちくらい出来ると思ってさ」
俺は娘の慧眼に敬意を表し、傘を持ってない方の手を挙げる。
「へ〜パパにしては気が利くじゃない」
最近生意気になってきた愛娘がそんなことを言った。 すると渚が汐を押しのけ、俺の傘に入って来た。
「荷物よりも私を濡れないようにしてください!」
そしてそれが当たり前であるかの様に渚は俺の隣に収まった。
「渚、お前ってたまに凄く大胆になるよな」

俺が指摘すると渚は自分がしたことに気付いたのか今更赤面する。
「すみません、朋也くん」
俺は慌てて逃げ出そうとする渚の腕を捕まえる。「渚は俺とこういうことするの嫌か?」
ちょっと意地悪に聞いてみる。
「嫌なんかじゃないです、寧ろ私の方からもっともっとしたいです…って私とても恥ずかしいことを言ってます!!」
そこで限界になったのか渚の顔はカープのヘルメットよりも真っ赤に染まった。きっと体温も1.2度は上昇しているだろう。
「まったく、うちのパパとママは何時まで経っても万年新婚夫婦なんだから。一番恥ずかしいのは両親のラブコメを見せられる私なんだけどねえ」
汐がそんな独り言を呟きながら後からついてくる。多少の罪悪感から汐は今日一日渚を独占したんだから今ぐらい良いだろう、などと自己を正当化してみる。
それでも俺は渚の腕は離さない。今日、というか今晩中渚を離さないかもしれないな。
そんなことを考えながら俺達は三人で家路に着いた。



翌日、私こと岡崎汐は教室で友人とお喋りに花を咲かせていた。
「で、その話がなんで汐が昨日古河パンに泊まったことに繋がるの?」
「…だってうちのアパート壁薄いから…」

私はそういって色んな想いを込めたため息を吐き出した。

あとがき
約1ヵ月ぶりのこんにちわ、タックスです。
今回は久々にCLANNADでアフターの10年後、言うなればアフターアフターです。
岡崎家はきっと五人揃って岡崎家。朋也と渚に汐、そしてアッキーと早苗さん。
皆がいるからこそ笑っていられる幸せな岡崎家がある。そこに一人たりとも欠けてはいけない。
そんな想いで書き始めたはずなのに気がつけば自分でも訳が分からない状態に…
アニメの放送が終わって大分経ちますが、これからもCLANNADは書くと思います。
では今回はこの辺で失礼します。
 

 

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