ライバル宣言


「ルーちゃんの……バカー!!」

機動六課の食堂に弾丸のような叫び声が木霊する。
それと同時に声の主、キャロ・ル・ルシエが出口に向かって駆け出した。

「どうしたの、キャ……」

彼女と同じ前線メンバーのスバルが呼び止めようとするも、キャロはそれに気づかず一目散に走り去っていった。
後を追うように彼女の使役竜フリードリヒが飛んでいく。
その後ろ姿はどこか哀愁が漂っていた。


「何だったの、あれ……?」

「さあ……」

スバルがパートナーのティアナに問いかけるも、呆れ半分疑問半分といった感じの生返事が返ってきただけだった。
如何に彼女がフォワード陣のリーダーを務めるほどの切れ者とはいえ、あれだけで今の状況を理解出来るような超人ではない。それこそ、聖王といえども難しいだろう。
 彼女らが気を取り直して食堂内を見渡すと、その一角に予想外の人物がいた。
腰まで届く紫の髪をリボンで束ね、異国の姫君を連想させるようなドレスに身を包んだ儚げな少女。

「「ル、ルーテシア!!」」

ルーテシア・アルピーノ。先のゆりかご事件の重要参考人の一人であり、現在は遠く離れた次元世界の隔離施設で保護観察中の身のはずなのだが……

「なんであんたがここに……」

戸惑いながらも現状 を把握しようとするティアナにスバルが割って入る。

「あのさ、さっきキャロが凄い勢いで走ってったんでけど何か知らない?」

すると普段から表情の乏しいルーテシアの顔が更に暗いものとなった。

(この、馬鹿スバル!!)

ティアナが念話でスバルに注意しながら脇を小突く。

(だってキャロのことが心配だったんだもんー)
この相方はいつもそうだ。思いついたら一直線。考えるよりまず行動。 そんなスバルの行動に助けられたことも少なくないが、度を超すと考えものだ。 だが、そんな二人のやりとりを見てか、ルーテシアは微かに笑みを浮かべた。

「こんなにも想われているなんてキャロは幸せね……」

ふっと溢すと、一呼吸おき言葉を続けた。

「ちゃんと話すね、キャロには笑顔でいてほしいから……」

それは生まれて初めて心を通わせた友への思いやりに満ち溢れた笑みだった。



 話は一週間前にさかのぼる。 隔離施設のルーテシアの下に108部隊のギンガが偵察を兼ねて訪ねてきた。
最も偵察というのは上層部の許可を取る為の建前で、実際はルーテシアが退屈をしないようにギンガが話し相手になったり遊んだり……要は世話を焼いているのが現状であった。
ルーテシア側の事情を汲んでいる機動六課とそれに近しい者は彼女を危険視などしていないからだ。


面倒見のいいギンガらしいといってしまえばそれまでだが、ギンガはこれを事件解決からずっと続けてきたのだ。無論それだけが目的ではなく、もうひとつ計画を練っていた。
訪問目的が「偵察」である以上、上への報告義務も発生する。 そこでの報告でルーテシアに危険性がないことを証明し、彼女の自由を増やそうという腹積もりだ。 流石にすぐに色よい返事は貰えなかったが、管理局のお膝元なら不足の事態にも対応出来ると許可が下りたのが1週間前。 そして諸々の準備を終え、今日到着となったのだ。

ルーテシアはエリオとキャロを尋ねるが、生憎エリオは不在だったためキャロと二人での談笑となった。 お互いの近況やキャロの進路、対立の末に絆を結んだ二人はまるで長年の友のように語らいあった。

「でね、この春からは私とエリオ君は同じ部署に転属になるんだ」

その少年に話題が及ぶとそれまで穏やかだったルーテシアの表情が若干変化した。

「キャロは……」

一瞬間を置くとルーテシアは意を決したように口を開く。

「キャロはエリオのことが好きなの?」

「ル、ルーちゃん!?」

友人の思わぬ発言に面喰うキャロ。キャロとてエリオに抱く感情の正体を考えなかったわけではない。
この二人は傍から見てもお似合いだし、キャロもエリオに信頼を寄せ、パートナー以上のものを感じていた。 しかしキャロ自身はというとどうしていいか分からないというのが本音であった。
それの正体が分からないほど子どもではないが、かといって受け入れられるほど大人でもない。その微妙な感覚を予想外のタイミングで揺さぶられる形となった。
「えっと、その私は……」

キャロが煮え切らない態度を取っているとルーテシアによる爆弾発言がなされた。

「キャロにその気がないならエリオは私が貰っていく・・・・・・」

「ええーー!!」

ルーテシアによる突然の宣戦布告に驚きを隠そうともせずに声をあげるキャロ。
少ないとはいえ周囲に人がいるのだが、当人はそれどころではない。

「何か駄目な理由でもあるの?」

少しいじわるに聞くルーテシア。駄目な理由などあるに決まっている。だがそれを言うことは同時にキャロが自身の心情を告白することになる。
現在キャロの心中では、羞恥心と 勇気が絶賛 葛藤中である。  暫くしてキャロは決心が着いたのか、ルーテシアに対抗すべく言葉を紡ぎだす。
「エリオ君は私と一緒のがいいに決まってるもん!」 そしてキャロはとっておきの、ルーテシアのものとは比べものにならない爆弾を投下した。

「私はエリオ君とお風呂に入ったことだってあるんだから!!」

 そこからはお互いに一を言えば十が返ってくるような応酬が続き、互いに収拾がつかなくなっていた。となれば、辿る道も必然的に限られてくるわけで……
「ルーちゃんの……バカー!!」 少しずつ空気が蓄積された風船のように広がったそれは、破裂するのは当然だった。


そうこうして、キャロは食堂を飛び出し、後にはルーテシアがぽつんと立ち尽くしていた。 「なるほどねえ……」 あらかたの事情を聞いたスバルは両 腕を組みながらうんうんと頷いていた。 「で、ルーテシアとしてはこのままでいいの?」 と、目線を向けながら問いかけるティアナに無言で首を振るルーテシア。

この事態をどうにか収拾しなければならないということは三人とも一致していた。 「でもどうしたものかしら」 意固地になるキャロというのは想像出来ないがあの性格故、ルーテシアと喧嘩になったことを後悔しているというのは十分ありえた。同僚の優しすぎる少女を思い、ティアナは気 分が重くなっていた。 あれやこれやとティアナが一人思考を巡らせていると隣にいたスバルが空気 を変 えようと口を開いた。

「やっぱこういうのは当人どうしで話合えれば一番……なんだけど無理だよねえ……」 言葉の途中で覇気 がなくなり、ため息混じりになるスバル。それが出来 れば苦労 はしない、といったところだろう。しかし、それに応えるようにルーテシアがスバルの制服の袖を掴 んだ。スバルが視線を向けると、ルーテシアが何かを決意したような瞳で見つめていた。

「私…キャロとお話したい。このままじゃ嫌だから」

「偉いぞ、ルーテシア」

そういうとスバルはルーテシアの頭を優しく撫でた。 「ようし、キャロをここに連れてくるよ」 そう言い残し、スバルはマッハで食堂を後にした。 というやりとりがあったのがつい先刻。食堂に騒ぎの当事者たちが集まっていた。 両者の間を挟む空気は多少堅いが、 「キャロ……」 「ルーちゃん……」 お互いに話をしたいが切り出すタイミングを計りかねているようだ。

流石にこれに口をはさむ訳にもいかず、ティアナとスバルは成り行きを見守っていた。この二人は万が一の時の仲裁役として留まっている。 「私は……」 耐え難い沈黙を破って最初に口を開いたのはルーテシアだった。

「私は・・・エリオのことを考えると落ち着かなかったりボーっとするの。母さんに 聞いたらこれは恋だって……」 ルーテシアはゆっくり、しかしはっきりと自分の気持ちを言う。

「私は……エリオのことが好き……」

その顔にはルーテシアの決意がはっきり現われていた。 相当な勇気を振り絞ったのだろう。ルーテシアは小さな体を小刻みに震わせていた。
そして小さな友人の大きな勇気に応えるべく、キャロも自分の気持ちをさらけ出す。

「私もエリオ君のことが好き。ルーちゃんや皆も。でもエリオ君への好きは皆への好きとは違うから……この気持ちだけは負けないよ。」

ライバル宣言とも友情宣言とも取れる発言をし、キャロはまっすぐにルーテシアを見つめた。  ティアナが安堵と優しさの混ざった心境でいると、
隣のトラブルメーカーがまたとんでもないことをしでかした。

「だってさ、良かったねーエリオ」

ティアナが周囲を見渡すと、入り口付近でエリオが顔を赤くして立ち尽くしていた。

「あんた何してんのよ!!」

ティアナは慌ててスバルに念話を飛ばす。

「だって当事者同士で解決した方がいいと思って」

スバルの含みのある発言にティアナは頭を抱える一方で、この事態を飲み込めていないエリオはただ唖 然としていた。

「エリオ(君)」

キャロとルーテシアが息を合わせたように近づく。

「えっと、その・・・・・・」

エリオはたじろぎ視線を泳がすがそれでどうにかなるわけはなかった。 急転直下の出来事で混乱に陥ったエリオは予想外の行動に出た。

「ごめんっ!!」

そういうとエリオは脱兎のごとく食堂をあとにした。

「あっ……」

ルーテシアは残念がるキャロに話しかける。

「大丈夫……時間はたくさんあるから……」

それは少女たちのこれからを示す、確かな言葉だった。




「にゃははははは……」
管制室から呆れ半分の笑い声が聞こえる。所用で訪れた隊長3人にカメラのモニター越しに目撃されてしまったのだ。

「あの二人凄いなー」

「けどあそこで逃げるあたり、エリオもまだまだやな」

勝手な感想を言い合うなのはとはやて。その顔を意外なものを見たようなものだった。

「で、お母さんとしてはどうなん?」

にやけながらフェイトに話を振るはやて。

「私はあの子たちが幸せならいいけど、うーん……」

頭を抱えそうな勢いで悩みだすフェイト。母親は色々と複雑らしい。
なんにせよ、頑張れ、子どもたち!


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