秋の夜長の過ごし方

 

リインリンリンリン……
草や木々の合間から鈴虫の鳴く声が響き渡り晩秋の訪れを告げていた。
第61管理世界スプールス。ここに元機動六課のエリオとキャロが赴任してからいくらかの時間が経っていた。
スプールスは時間の流れに合わせて姿を変え、四季の装いを披露した。そんなことを繰り返しているうちに二人もスプールスでの生活に慣れ、
再び季節は秋になろうとしていた。 

 太陽が落ちて満月が闇の世界を照らす頃、エリオ・モンディアルは一人自室で読書に耽っていた。物音がほとんどしない静寂の空間。
数少ない物音と言えば外から聞こえる鈴虫の合唱くらいなものであった。エリオはこの空気を楽しんでいた。
転属当初は新天地での生活に戸惑いも覚えたが、今ではすっかりここでの生活を快適に過ごしていた。

「んん〜!!やっぱり静かだと集中出来るな」
エリオは読みかけの本を閉じて大きく伸びをする。今まで固定されていた関節がポキポキと小気味いい音を立てる。
上半身の筋が伸び、疲労が抜けていくような感覚がエリオの身体を駆け抜けた。
「やっぱりこの時期は読書が捗るな」

暑過ぎず寒過ぎず、夜の活動時間が長くなる秋は何かをするのにぴったりだった。
エリオが本棚に視線を送ると様々な本がぎっしりと詰まっていた。生来努力家のエリオが少しでも優れた魔道師になろう、
少しでもフェイトに近づこうと研鑽を重ね、力と共に知識を磨いた証が並んでいた。
「さて、そろそろ読書再会っと」
エリオが本に向き直ろうとしたその時、思わぬ来訪者が現れた。

コンコン…
「エリオくん、まだ起きてる?」
もう夜間だというのに太陽のように明るい声は声の主の性格を物語っていた。
「ちょっと待って、今開けるから」
エリオは椅子から立ち上がり、ドアを開けると、六課時代からの相棒であるキャロが立っていた。
月明かりに照らされたキャロの服装はいつもの制服ではなく就寝用のパジャマであった。
キャロが着ているパジャマはピンクを基調としたもので、ただでさえ幼い彼女の外見年齢を更に引き下げていた。

「どうしたのこんな時間に?」
言いながらエリオはドアを充分に開けてキャロが入れるスペースを確保する。
「用って程じゃないんだけどなんだか目が冴えちゃって…何かしたいと思ったんだけど何かすることがあるわけでもなく…」
「つまり暇なんだね?」
エリオの質問に力なくうなだれるキャロ。

「うん…」
「じゃあ早く入ろう。この季節でもいつまでも外にいたら風邪引いちゃうよ」
「お邪魔します」
そんなキャロの様子にエリオは呆れるでもなくドアを開けて受け入れた。付き合いの長い二人はこのようなことが日常茶飯事なのだった。

 「エリオくんの部屋って何度来ても片付いてるね」
キャロがぐるりと見回して感想を口にする。
エリオの部屋は年頃の男の子の部屋とは思えないくらいすっきりしており、
あるものは本棚と机とベッドのみと寧ろ殺風景さすら覚えるほどだった。

「うん、特に欲しいものとかないし、それにごちゃごちゃしてるのも好きじゃないからね」
「もう…そんなんだからフェイトさんにも心配されるんだよ」
キャロがため息まじりに言ってのける。エリオが全く物欲を示さず、あまりに謙虚に生きているため保護者であるフェイトが心配したことがあった。
心配性のフェイトは子ども達が心を開いてくれないと空回りし、一騒動起こしたこともあった。
三人で話し合いをし、無事解決したのも懐かしい記憶だ。ちなみにキャロの部屋には歳相応に動物のぬいぐるみが鎮座しており、普段は彼らと夜を共にしている。

「ところで今日は何していく?時間はたっぷりあるけど」
エリオは自分の椅子に座り、読みかけだった本に手をかけた。
「私はそうだなあ……」
キャロは親指を顎に持っていきながら本棚に視線を泳がせる。

「これを読んでるよ」
目当ての本を手に取りにっこり微笑んだ。
「キャロ、そのシリーズ好きだね」
「うん、だって凄く面白いしそれに読んでて幸せになれるんだ」

キャロが手に取ったのは騎士とお姫様の恋物語。
子どもの頃幼なじみだった一国の王女と若き騎士が恋に落ちて多くの苦難や死闘の末に結ばれるというミッドで大人気の小説だった。
キャロはこのシリーズを大変気に入っており、もう何度も読み返していた。
「それじゃあ私はこれを読んでるね」
そう言ってキャロはエリオのベッドに腰掛け、本を広げ始めた。



 ペラ…ペラ…
10分もしないうちに先ほどまでの小さな騒ぎが嘘のように部屋の中が静まり返った。
室内で本のページをめくる音が自己主張する。しかしこの沈黙は不快なものではなく二人ともこの空間を楽しんでいた。
 普段は知識の吸収が主目的のため速読になりがちだが、今は読書そのものを楽しんでいるのかエリオは目線の移動もページをめくるスピードもゆっくりだ。

「たまにはこういうのも悪くないかな」
エリオとキャロが壁の時計に目をやる。時計の長針と短針が真上で重なり合っていた。
「キャロ、そろそろ遅いから自分の部屋に戻った方が…ってあれ?」
エリオが視線を向けるとキャロがすやすやと寝息を立てていた

「すーすー」
本来の主はどこへやら。キャロがエリオのベッドの上で体を丸めてベッドを占領していた。
エリオの枕に頭を預け、読みかけの小説が傍らに置かれていた。小説の頭からしおりが顔を覗かせ、きちんとページが閉じられていた。
「眠くなっても読みたいなんて本当にこれが好きなんだな」
エリオは小説を手に取り本棚に戻す。

 「…キャロ、こんな格好じゃ風邪引いちゃうよ…」
小説を本棚に戻し、改めて向き直り声をかける。といってもキャロは既に夢の世界の住人なのでエリオの言葉が届く事はない。
エリオは畳んであった毛布をキャロにかける。心地よい重みと温かさがキャロの全身を包み込んだ。

「ん……」
キャロが夢心地の中毛布を掴みながら身じろぎをする。
これでキャロは完全に夢の中へ旅立った。それを見届けてからエリオは腕を組んだ。
「さて、僕も適当に寝ないと」

ベッドはキャロが使っているためエリオは寝れない。寝袋か何かでも用意しようかと思い動こうとすると、エリオの体にどこからか引っ張られる力が働いた。

「え……」
エリオが力の方向に視線をやるとキャロがエリオの服を掴んでいた。

くい。
エリオが腕を引っ張るとそれに合わせてキャロの手も引っ張られる。腕を押し戻すとキャロの手も押し戻された。
エリオがもう片方の手でキャロの手を解こうとするが片手しか使えないのと睡眠で余計な力が抜けているせいでキャロの手を離すのは至難の業であった。
「こういう時はどうすれば」

この事態を打開するためにエリオの脳がありえないほど高速回転し、正解を導こうとする。しかしどれだけ考えても答えは出ない。
ベストはキャロを起こさないように拘束を解くことだが、それは難しかった。
無理に解こうとすればキャロを起こしてしまうし、かといってこのままではエリオは睡眠に就くことが出来ない。
キャロを起こさずに睡眠を取る手段がないわけではないが、その方法はエリオの中では憚られた。というか出来ればやりたくなかった。
それはエリオがキャロと同じベッドで寝るというものだった。

「いくらなんでもそれは駄目だろ…僕達はもう子どもじゃないんだから」
エリオは目の前の少女に視線をやる女性らしい起伏とは縁遠いが、それでも腰の曲線や丸みを帯びたお尻など女性としての成長は日々確実に遂げていた。
「どこに目をやってるんだ僕は!?」
エリオは先ほどまでの情景を振り払うべくブンブンと音を立てて首を左右に大きく振った。

「キャロに邪な気持ちを抱くなんてどうかしてるぞ。今はとにかくこの状況をなんとかしないと」
現状の打破。すなわちエリオがキャロと同じベッドで寝るか、キャロを振り払ってでも別々に寝るか。
前者を実行すればエリオの男としての何かが崩壊してしまうだろうし、さりとてキャロを振り払うようなことはエリオには出来なかった。

「僕はどうしたら?」
エリオのそんな葛藤をよそにキャロは幸せそうな寝顔を浮かべ、そして爆弾を投下した。
「エリオくん、一緒に寝よう…」
言葉の雷がエリオに襲い掛かった。
キャロのそれは寝言であり真意かどうかは定かでないが、エリオの判断力を焼き落とすには充分すぎた。

「このままじゃ離れることも出来ないしやっぱりベッドに入るしかないのか…」
エリオがそう思案しながら視線を泳がせる。ベッドには僅かだがスペースがあり、無理をすればエリオがなんとか入れそうだった。
このベッド自体はそこまで大きくはないがキャロが小柄なことも手伝ってスペースが生まれたのだ。

「よし!」
エリオは意を決しゆっくりとベッドに入り込む。スペースがあったとはいえ、元々一人用のベッドに二人で入るのは無理があるためどうしても密着してしまう。

ふわっ
「うわっ…うわっ…」
キャロが身じろぎをする度、髪の毛が揺れ、甘い香りがエリオの鼻腔をくすぐる。この香りがエリオの全神経を刺激した。
「キャロって、女の子ってこんなにいい匂いがするものなんだ」
エリオはふと頭によぎった考えを全力で投げ捨てた。

(こんなこと考えてちゃ駄目だ、今はとにかく寝ることだけに集中しないと!!)
そう考え、エリオは固く目を閉じ、全身を眠りへと誘おうとした。
しかしそんなエリオの努力も虚しく破られるのであった。

 むにゅ。
今度は匂いだけでなく柔らかい感触までもがエリオの体に訪れた。
(え!?)
キャロが抱きついたであろうことはエリオにも察しが着いたが何故キャロがそのような行動を取ったかまでは数秒の時間を要した。

(キャロ、まさか僕のことをぬいぐるみと勘違いして…!?)
そう、キャロの自室には動物のぬいぐるみが何個か置かれており、時々だがキャロはその子たちを抱いて眠ることがあるのだ。
「うーん……」

「うわ、うわ!!」
キャロは寝入っているためか力の加減をせず、思い切りエリオを抱きしめてくる。
キャロの抱擁に合わせてパジャマ越しに女の子の体を押し付けられ、完全に取り乱していた。
しかも密着することにより感触だけでなく匂いや息遣いまでダイレクトに伝わるせいかエリオへのダメージはより大きなものへとなっていった。

(これ以上は本当に駄目だ!!)
そう判断したエリオは深呼吸をし、意識を整えてから眠りに落ちようとする。
ここで気絶するように意識を手放すのは簡単だがそうするわけにはいかなかった。彼にはやらなければならないことが残っていたからだ。
(おやすみ、キャロ…)
エリオは暴走する心臓をなんとか制御しようと試みながら少しづつまどろんでいった。

 翌朝

朝日が昇る少し前、いつもの起床時間より30分ほど早くエリオは目を覚ましていた。
「キャロはまだ起きてないよね」
エリオは目を覚ますとキャロがまだ夢の中にいることを確認して体を起こす。キャロは寝返りをうったのか、昨夜のうちにエリオの体から離れていた。
「よし、今の内に起きちゃわないと」

エリオは素早くベッドから降りると身支度を整え、いつも通りに振舞えるようにした。
「流石に昨日のことをキャロに知られるわけにはいかないしね」
エリオはほっとため息を吐く。

いくらキャロが自分に対して時々信じられないようなアピールをしてくるとはいえ、一緒のベッドで寝たとあっては羞恥心に耐えられないだろう。
それ以前にエリオが部隊の中で立場を失いかねない。それが分かっていたからこそ慎重な行動を心がけたのだ。
「さてとあとはキャロが起きてくるのを待つだけかな」
ほどなくしてベッドがもぞもぞと動き出した。

「んん〜」
キャロはベッドの上で大きく伸びをした。
「おはよう、キャロ」
「おはよう、エリオくん……ってあれ、私なんでエリオくんの部屋にいるの?」
「昨日キャロが本を読んでるうちにそのまま寝ちゃったからだよ。覚えてない?」
「あ……!!」

エリオに言われて全てを思い出したのかキャロはわたわたと慌てだした。
「ごめんなさい、エリオくん。私…」
「そこまで謝らなくてもいいよ。でも今度からは気をつけてね」
後半の言葉にはエリオの並々ならぬ心労の色が現れていた。
「それじゃあ準備をしたらロビーに行こうか」
「うん!!」

二人が揃ってロビーに向かっていると、先輩隊員であるミラがやってきた。
「ミラさん、お早うございます」
エリオが挨拶をすると、いつもなら快活に返してくれるはずのミラがいつまでも挨拶をせずに面白いものを見つけたと言わんばかりの表情で二人を見つめていた。
「あの、ミラさん…どうかしましたか?」
エリオの疑問を余所にミラはにんまり笑ったまま視線を合わせ口を開いた。
「ゆうべは おたのしみ でしたね」

「な…な…」
すぐにミラの言わんとすることを理解したエリオはその場で凍りつく。一方のキャロはなんのことを言われているのか検討がつかず頭上にはてなマークを浮かべている。
「これは近いうちにあんたらの部屋を同室にした方がいいかしらねえ〜」
飄々と言ってのけるミラにエリオが詰め寄る。

「どうしてミラさんがそのことを知ってるんですか?」
「どうしてって、部屋のドアちゃんと閉まってなかったわよ。そこからなんか聴こえてきちゃってねえ。いやあ、若いっていいわあ」
「そ、そうですか。」

これ以上ミラの話を聞いたらこっちが参ってしまうと言わんばかりにエリオは退散していった。
「エリオくん、ミラさんと何を話してたの?」
「えっと……」
エリオは一瞬口ごもる。正直キャロのためには話さない方がいいだろうし発覚しないための努力もしたが、
ここでかくして後々ばれた方が被害が大きくなると予想し、エリオは覚悟を決めた。

「あのね、キャロ……」
直後、自然保護隊のロビーにキャロの悲鳴が響き渡った。



あとがき

どうしてこうなった。エリキャロの子どもらしいほのぼのを目指していたはずなのに蓋を開けてみればほのぼのなのかラブコメなのかドタバタなのか、
書いた本人にも分からないというとんでもない代物が出来上がってしまいました。

しかしこのキャロは無防備すぎますね。年頃のお嬢さんが男のベッドで寝落ちなんて。エリオくんだからよかったようなものを。
でもあれですね、この二人は近い将来絶対やr(以下自主規制)

次回からはもう少しましな作品が書けるように精進いたします。

〈二次創作に戻る〉

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