雪解け


 ジリリリ……
目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。意識を根っこから持ち上げられるような感覚の中、僕は現実の世界に精神を呼び戻す。
カーテンの隙間からは光が差し込み、外では小鳥たちがさえずっている。今日も一日が始まる。
 「ふう…今日もいい筋肉日和だぜ」

筋トレを終えた真人が汗を拭いながら部屋へ帰ってきた。
日々の鍛錬で鍛えられた筋肉は逞しく盛り上がり、全身からは湯気が上がっていた。
「おはよう真人、今日もいい筋肉だね」

僕は真人に目を向けながら挨拶をする。
「ああ、おはようさん。どうだ理樹、お前にも少し分けてやろうか?」

真人が自分の筋肉を示しながら言う。
数年前に流行った筋肉を誇示するお笑い芸人のように肉体を見せつける真人。
真人ならそういった道もありかもしれない。

「遠慮しておくよ…僕も鍛えてはいるけど真人みたいにムキムキになる気はないから。それ以前に筋肉は分けられないよ?」

 いつも通りのやり取りをしながら僕らの朝は過ぎていく……
あの日、自分の弱さを痛感した修学旅行以来、僕は少しでも強くなれるよう努力しているが、本当に強くなれたのか?恭介の背中を追い越せているのか?

今の僕はまだその答えに至っていない。

「おいっ理樹!どうかしたか?」
考え事をしていた僕の思考は真人の言葉で現実に引き戻される。
「えっ、何?真人」

僕の返事は上の空になってしまう。

「ぼうっとしてたから気になっただけだ、何もないならいい」
「あはは…ごめんね真人」

そう言い僕は顔を綻ばせる。普段は筋肉のことばかりで馬鹿担当といったイメージのある真人だが、こういったさり気ない気遣いは好感が持てる。
馬鹿正直で一直線。それこそが真人の真人たる所以だ。

「早く学食に行こうぜ!!もう腹が減っちまってよ」
快活に言い放つ真人。
「そうでね、もう皆いるだろうし」
僕らは身支度を終え、学食へ向かっていった。

僕等が学食に到着すると、既に謙吾と席を取ってくれていた。

「おはよう、理樹、真人」
「おはよう」
僕らは口々に朝の挨拶を交わす。そこで僕は居るべき人物の不在に気付く。

「あれ、恭介は?」
「馬鹿兄貴なら東京に用が出来たとかで昨日からいないぞ」
妹である鈴が答える。

「僕らに連絡もなしでって、相当急だったんだね」
チリン、と鈴が鈴(すず)を鳴らして頷く。

「謙吾、醤油とってくれ」
「ああ…」
謙吾は手元にあった醤油を真人に渡す。

いつもはもっと賑やかな朝食だが、今日はどこか物静かだ。
皆が険悪だとか意図して静かにしているとかでは断じてない。
ただ、恭介がいない事である種の騒がしさがなくなったのだ。

いつも些細なことで喧嘩する真人と謙吾もきっかけさえなければ普通にしている。
今日はその“きっかけ”がないのだ。
公共の場所で静かにし、不必要な諍いを起こさない。

それはとても良いことなのだが、僕の胸に何処か物足りなさが去来する。
いつの間にか馬鹿騒ぎをしたり風紀委員に目を付けられる生活が心地よくなっていた。
僕もすっかりリトルバスターズの一員となっていた。
恭介不在の朝食を終え、僕等が校舎へ向かっていると、特徴的なツインテールをゆらす後姿が視界に入った。
「笹瀬川さん?」
彼女は立ち止まり振り返った。

「あら、皆さん」
優雅な口調で返す彼女だが、鈴の姿を確認すると苦虫を噛み潰したような顔をする。
彼女は鈴と絶望的に相性が悪いのだ。

 「棗鈴……!!」
笹瀬川さんは身構えるが、今日は一人らしく、僕は安堵する。
取り巻きの三人がいないのなら事態が拗れる可能性はいくらか緩和されるはずだ。
しかし、僕の淡い期待は鈴によって脆くも崩れ去ったのだ。

「やる気か、笹かまの刺身!」
「さ・さ・せ・が・わ・さ・さ・み、ですわ。毎度毎度わたくしの名前を間違えて…何か恨みでもあるんですの?」
一気に捲くし立てる笹瀬川さんだが、鈴は涼しげな表情で火に油を注ぐ。

「いや、ただなんとなく…」
「な…な…」

わなわなと震えながら笹瀬川さんが言葉を搾り出す。
「棗鈴!今日という今日はわたくしが直々に教育して差し上げますわ!」
そういう笹瀬川さんは今にも飛び出しそうな勢いだ。

「そんな、笹瀬川さん落ち着いて、鈴もほら、騒ぎを大きくしちゃ駄目だよ」
後半は鈴にだけ聞こえるように言い、事態の収拾を図る。
「安心しろ理樹……大事になる前に終わらせる」

「ってそれ全然安心出来ないよ!!」
僕の突っ込みも空しく両者は激突した。

 その後は散々たるものだった。
騒ぎを聞きつけた他の生徒がバトルと勘違いして物を投げ込んだり、ドルジが乱入したりとまさしく地獄絵図だった。
この騒動は予鈴とともにタイムアップとなり、主に僕の精神疲労となって返って来た。


   ブルルルルッ

授業と授業の合間に手持ち無沙汰でいると僕の携帯が着信を知らせる振動を発した。
「誰からだろう?」
携帯の画面を開き、メールの送り主見た僕は唖然とした。

そこには笹瀬川さんの名前があり、放課後にグラウンドに来て欲しいという内容が丁寧に書かれていた。

少し考えた後、誰かと間違えてない?と返事を送った。
かなり失礼とは思ったが僕と笹瀬川さんは鈴との関係もあり、そこまで親しい間柄ではない。

そんな事を考えていると携帯が再び震えた。僕はもう一度携帯を開く。
「間違いではありません、直枝さんにお話がありますの。放課後グラウンドでお待ちしています。」
それは間違いなく、僕への呼び出しメールだった。

 放課後になり僕はグラウンドに足を運ぶ。
既に笹瀬川さんは着いていて、僕を待っていたようだ。
「あら、直枝さん」笹瀬川さんは僕の姿を認め、軽く微笑んだ。

 「笹瀬川さん、なんで僕を呼び出したの?」
早々に疑問をぶつける。
僕にしてみれば心当たりのないことなので、聞いておきたかった。

「どうしてもはっきりしてきたいことがありまして…ぶしつけだったことは謝りますわ」
「はっきりする……?」
僕の返事はオウム返しになってしまう。

「棗鈴とのことですわ。直枝さんの仰る通り、いつまでも続けていいことではありませんし」
僕の今朝の発言を気に留めていてくれたらしい。
僕らには鈴と反目してる姿ばかり目立つけどやはり根はいい人らしい。

「でもどうやって…まさかバトルじゃないよね!?」
僕は一瞬気後れする。
そりゃ笹瀬川さんと戦ってボロ負けする気はないけど、それでも進んで戦う気にはなれない。

すると笹瀬川さんはムッとした表情になった。
「心外ですわ。流石にここでまで暴力を振るうつもりはありませんわ。もっと健全な……あれです!」
笹瀬川さんが指し示す先にはバットとグローブがあった。

 「もう一度確認しますわ。勝負は3球。直枝さんが1本でもヒットを打てばあなたの勝ち。逆にノーヒットならわたくしの勝ち、よろしくて?」
ボールをグローブに馴染ませながら念を押す。
僕もバッターボックスで足場を固めながらバットの位置を確認する。

笹瀬川さんに勝負を持ちかけられた時は内心焦ったが、内容自体は普通のスポーツ勝負だったのでほっと胸を撫で下ろす。
勝負が何故鈴ではなく僕かは、あの日以来鈴が野球対決を受け付けないためで、保護者(?)なら責任を取れということらしい。
僕としてもこれで事態が収まるのなら安いものである。

「では…いきますわよ。」
審判は居ないため相互の同意を持ってプレイボールとする。
笹瀬川さんがソフトボール独特のウィンドミルからボールを放つ。

僕はボールを目線で追いバットを振るが、下から這い上がるような球筋にまるでコースが合わなかった。
「ワンストライク、ですわ」
笹瀬川さんが不敵に微笑む。エースとしての絶対の自信を持った顔だ。

ただ、闇雲に打っては駄目だ。ここは冷静になろう。
笹瀬川さんはタイミングを取り、右腕を大きく回す。
そこから放たれる速球を僕は微動だにせず見送った。

「ツーストライク、自分からチャンスを捨てて良かったんですの?」
笹瀬川さんが挑発するように言い放つ。
けどこれでいいんだ。野球の球に慣れた僕にとってソフト上がる球はそれだけで魔球となる。
寧ろ何故最初から見なかったのか悔やまれるくらいだ。

「あと1球ですわ」
勝利を確信した笹瀬川さんがモーションに入る。それにタイミングを合わせやや低めにバットを振りぬいた。

カーン!!
心地よい金属音が木霊する
しかし、僕が弾き返した打球は笹瀬川さん目掛けて飛んでいった。

ゴツンッ!!ボールがぶつかる鈍い音がした。
転々ところがるボールを追いかけようともせずに蹲る笹瀬川さん。
僕が事態を飲み込むのに時間はかからなかった。

「笹瀬川さん!!」
僕はバットを放り投げ笹瀬川さんのもとへ向かう。
笹瀬川さんは打球が当たった箇所を押さえたままだ。

「大丈夫?保健室に行ったほうがいいんじゃない?」
「別に大したことはありませんわ」
強がってはいるが足首は痛々しく腫れあがっていて、とても大丈夫には見えなかった。

「それでは、勝負はまた後日にでも…」
そういって立ち上がろうとするも右足に負担をかけると苦悶に顔が歪んだ。
「くっ…!!」

笹瀬川さんの状態が悪いのは火を見るより明らかだ。なんとかして手当てしないと…
考え抜いた末、僕は笹瀬川さんの前でしゃがみこんだ。

「行こう、笹瀬川さん」
「な、直枝さん…!?あなた何を…」
笹瀬川さんが顔を赤くして素っ頓狂な声を上げる。僕がやろうとしていることを理解したのだろう。

正直僕だって恥ずかしい。しかしここで手をこまねいているわけにもいかないのだ。
「そ、それじゃあ保健室までお願いしますわ。あなたの好意を無碍にするのが悪いから受けるだけですからね」

暫くの葛藤の後、決心が付いたのか笹瀬川さんが僕の背中におぶさってくる。
ここから保健室ならそう遠くない。僕は気力を振り絞って立ち上がった。

 

 直枝さんにおぶられながら保健室へ向かう。話には聞いていましたけど、直枝さんの優しさ、というかお人よしも大概ね。
経緯はともかく、わたくしの八つ当たりのような挑戦が招いた結果なのだから自業自得と言われてもしかたありませんのに…
それに意外と頼もしいですし…神北さんや来々谷さんの気持ちも分からなくはありませんわ。

まあ、来々谷さんはただセクハラをして楽しんでるといった気もしますが…
ってこれではまるでわたくしが直枝さんのことを……一瞬過ぎった変な考えを振り払うべく頭を左右に揺らす。

「どうしたの?やっぱり足が痛む?」などと能天気な声が聞こえるがそれには答えずに顔を埋める。
早く保健室に着けばいいのに…そんなことを考えながら目的地に着くのをひたすら待っていた

 

ガラガラガラ…
保健室のドアを開けるが中には誰もいない。

「ありがとうございます直枝さん、これくらいなら歩けますわ」
そう言って笹瀬川さんは僕の背中から降り、つかまり歩きで手近な椅子まで移動する。
僕は呆気に取られたが、棚から包帯等を取り出し笹瀬川さんのもとへ向かう。

「ちょっと痛むかもしれないよ」
一言断ってから手当てを始める。
一通りの手当てを終え、包帯を巻くと、笹瀬川さんが驚いたように目を丸くしている。

「随分手際が宜しいですのね」
「昔はよく鈴にやってたから」
「そうですか……」

何処かトーンの低い笹瀬川さんの声。沈黙が空気を支配する。

「ねえ、笹瀬川さん…」
その沈黙を破るように僕は口を開く。
「なんでしょう」

「鈴はあんな性格だし口下手だから誤解されることも多いけど本当はいい子なんだ」
これは僕の鈴への偽らざる本音だ。

「そんなこと言われなくても分かっていますわ。ただ顔を合わせるとああなってしまうだけで……」
笹瀬川さんが顔を赤くし、そっぽを向いて言う。
ああ…この二人は似たもの通しなだけなのか…そう思い、そう遠くないであろう二人の雪解けに心を躍らせた。

 

〈おまけ〉
「ところで直枝さん、あなたは棗鈴のことをどう思ってますの?」
空が赤やけに染まる頃に笹瀬川さんが直球な質問を浴びせてきた
「どうって…鈴は僕にとって妹みたいなものだけど…」

それを聞いた笹瀬川さんがこちらにぐっと身を乗り出す。
「妹でしたら恋愛感情はありませんわよね!?」
「えっえっえっ〜〜〜!!」

笹瀬川さんの言葉は僕らの日常に新たな波と騒動を巻き起こすのは
この数日後のことだった……


後書き

初のリトバスSSどうだったでしょうか?
佐々美は結構好きなキャラなのでスラスラ書けましたが、
中盤以降が別人のようになってしまったのでそれが気がかりです。
エクスタシーで佐々美がこれくらいデレてくれることを祈りつつ
今回はこの辺で失礼します。

 

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